今月一番結婚式が多かった日が終わった。21日。集合写真やスナップ撮影、1ポーズ撮影と、昼から日没までしっかり撮影させてもらった。幸か不幸か昨日20日がMy BirthDayで、今日はあまりの忙しさに新たな1年の出発を噛みしめる余裕もないまま1日が終わった。昭和44年2月20日生まれでA型魚座の41歳。来年のこの日までに、またいくつもの出会いと発見と成長ができると思うと明日が来ることが心底楽しみだ。そうやって歳を重ねていけば「昔が良かったなんて」後ろ向きな言葉は出てこないだろうと思う。せめてそう生きたい。
気がつけば40歳代。若かった頃、自分が見た大人は物知りで、強くて、たくましく見えた、早くあんな大人になりたい、本気でそう思った。でも、自分が大人と呼ばれる歳になると、周りの大人は全然大したことなくて、仕事はしない、自分の都合しか言わなかったり、他人任せだったり、逆に「大人だろ?もっとしっかりしろって」と言いたくなるくらい僕の周りにはくだらない大人がいる。日本の未来が危ぶまれる訳だ。
そんな悲観的な背景とは裏腹に、自分だけは良い大人になれたとおめでたいバカもいるんです(笑)だって何が嬉しいかって、8歳上の兄から「おめでとうメール」が来るようになった事・・・かな。普通の家庭では普通のことだけど、うちではあり得なかったから。お互い歳を取ったからお互い吹っ切れるモノがあったのかも知れない。兄弟が仲良くしていると母が喜ぶ。それが一番の理由だからかも知れない。
30歳代は好き勝手生きた。夢に仕事に全力でぶつかることを誇りにさえ感じていた。でも、残された時間は刻々と過ぎって行った。40歳代になれば、時間は限りある事を知る。体力の衰えもしかり、仕事を始めて10年で、今の自分が夢の何処まで進めたかを計ると、おのずと自分が描いた夢に辿り着くまであと何年必要かがわかる。その時まで五体満足にいられるだろうか。そう考えると、残された時間で出来ることは限られてる。そう思えるのだ。
これは決して悲観的な事ではない。ちゃんと10年しっかり前を見て歩いてきたからそう思えるのだと思う。ちゃんと生きたから、まだ他にやり残している事も見えてくる。好き勝手に生きた10年。母とは年に一度くらいしか会わなかった。気がつけば母も71歳。離れていた10年を取り戻すかのように今からあと何年、同じ時間を過ごせるか解らないから。取り戻せない時を取り戻すかのように。
実家の横にもう一つ家を持っている。今は使ってないが、先日2階にMacを2台入れた。ゴミを全て捨てた。家具も捨てた。電気もガスも引いた。一日でも多く実家の隣で過ごす時間を作れるように、そこで仕事も出来て、一応住める環境作りを始めた。冷蔵庫、その他諸々を購入。今年入ってくる新人達とそこで鉄壁のチームワークを創ろうと思っている。そうやってまた新しい生活スタイルが始まろうとしている。
人はどう生きたっていいし、誰に指図されるいわれなどない。でも、自分の歩いた道の途中で、もしも誰かを傷つけたり、思い出したくもない汚点があっても、ちゃんとそれと向き合い、自分自身で折り合いを付けながらでなきゃ、前に進めなくなる事を知る。つまり、しっかりツケは回ってくるって事。人生折り返し地点に来れば解ることもあるんだなと。

